学会名称変更について

第19期会長 波平 恵美子

2001年11月20日

  このたび、学会名称を「日本民族学会」から「日本文化人類学会」へと変更することの是非について、会員の皆様から広くご意見を募ることを目的とし、あまり前例のないことながら、会長から直接会員一人ひとりに手紙を差し上げております。なお、この場合の「文化人類学」は、環境、生態、社会、心理、政治、宗教などの諸分野を総合的に扱ってきた「広義の文化人類学」を意味します。

 本学会では、数年前に学会名称を変更することが議論されてきました。しかし、その折には名称変更が見送られたのは、いくつかの理由がありましたが、何にもまして「日本民族学会」という伝統ある名称を多くの会員が価値あるものとしてきたことにあるでしょう。しかし、ここ2年ほどの間に急速に進んだ民族学・文化人類学をめぐる状況をかんがみるとき、こうした多くの会員の判断や学会組織としての選択が、必ずしも会員や学会組織にとって利益をもたらさないことが明らかになりました。その最近の状況の変化を簡単にまとめると以下のとおりです。

  1.  戦後長く日本の学問体系を支えてきた、日本の各種学会組織を統合する日本学術会議とは別に、政府は平成13年に「総合科学技術会議」を設立し、日本の学問・学術の体系を「科学」というキー・ワードによって大きく変化する方針を明確にしてきた。そのことは、場合によっては、日本学術会議の役割を相対的に縮小すること、さらには「科学」の名称に、より適さない学問領域・分野の、学問全体系の中での地位を低く抑え、その存在意義を小さいものとする結果をもたらしかねない。

  2.  現在、研究者および大学院学生にとって、研究の経済的支援を与えるものとして極めて重要な科学研究費(科研)の配分を決める大枠の見直しが行なわれている。2001年10月29日に開催された「日本学術会議文化人類学・民俗学研究連絡委員会」で示された案によれば、学問分野よりもテーマ別分野が、さらには伝統的な「○○学」よりも実学的な分野にとって有利な方向へと変革されている。
     なお、現在の案ではこれまで『分科』の名称が「心理学・社会学・教育学・文化人類学」となっており、4学問領域が1『分科』に入っていたのに対して、今回はそれぞれが独立した『分科』となっている。また、「文化人類学」が「人文学」の『分野』に入っているのに対し、他の3学問領域は「社会科学」の『分野』に入っている。この案は修正される可能性があるが、『分科』として単独に独立したことによって、「文化人類学」という学問領域名はより強く認知されたと考えられる。

  3.  今年の夏頃から、新聞、週刊誌やテレビのニュース番組でも取上げられることが多くなった「国公私立大学トップ30」については、マスコミが報じるような、日本の国公私立大学の中から、教育・研究において優れた「トップ30の大学」を選別するものでは決してない。各大学に文部科学省から配布される資料および、10月16日にお茶の水女子大学において行なわれた高等教育局の課長が行なった講演の内容から明確なことは、「生命科学」「医学系」「数学・物理学」「人文科学」「社会科学」等の10分野の中から、さらにそれぞれの分野の下位領域において優れた教育・研究業績をあげた大学の、その下位領域(具体的には大学院博士後期課程の「専攻」すなわち「研究科」のすぐ下の単位と予測されている)に対してより多くの教育研究費が配分されるものであり、大学組織が丸ごと「トップ30」に選抜されるものではない。
     本学会にとって重要なことは、現在、科研において同一「分科」に入っている心理学、社会学、教育学はいずれも「人文科学」および「社会科学」の下位領域名にあげられているにもかかわらず、ひとり文化人類学のみが落ちていることである。これは、専攻名として「文化人類学」の名称を掲げる博士後期課程を持つ大学が、現在のところ南山大学に「文学研究科文化人類学専攻」があるのみで他にはないことによるものと推測される。
     学会は、同じ学問領域を研究対象とする者の任意集団の一面と、その研究者を養成し常に新たな会員を補充していくための職能集団としての一面とを併せ持つことを考える時、心理学、社会学、教育学と同等の扱いを受け得なかったことが、今後の本学会の10年後、20年後を考える時、決して見過ごすことのできない重要な出来事である。

 以上のことはいずれも学問分野としての「文化人類学」の地盤沈下を意味します。そこで、現時点において、広く会員の皆様から、学会名を「日本文化人類学会」に改称することの是非について御意見を集め、それを整理・集約したうえで次の第20期理事会に伝えることおよび『民族学研究』にその内容を掲載することを予定しています。御意見は、手紙、FAX、e-mail いずれの方法でも結構です。宛先は下記の通りで、期日は2002年1月12日までと致します。

 なお、会長名で会員の皆様に直接手紙をお送りし意見を広く募ることについては、2001年10月20日開催の第4回理事会において審議の結果認められました。出席した理事全員に共通した見解は「現時点で学会名称を変更することによって上記の状況が大きく好転する確証はない。しかし、学会名称を従来のままとしておくことには、専攻する学問領域名と学会名とが一致しないことによって、次第に日本の学術の世界の中で後退を余儀なくされるおそれがある。」というものでした。

 学会をめぐる状況は、かつてない速さで大きく変化しています。状況変化のニュースは学会のホーム・ページによってお伝え致します。御多忙の折とは存じますが、是非御意見をお寄せ下さることをお願い致します。