2002年度総会資料

「日本民族学会」改称問題の扱い

(020601−第20期評議員会決定)
*6月2日の総会において承認を受けたことにより「(案)」の文字を削除しました。

 第20期理事会および評議員会は、第19期からの引継ぎ事項のひとつ、「学会名称の変更」に関する案件に関し、本案件(以下、「改称問題」)を引き継いで検討することを、5月18日理事会および6月1日評議員会において決定しました。この決定を受け、「改称問題」に関して、次のような方針をたて、総会で審議していただくことにいたしました。

 以下の文章は、改称する場合の「前提」とその「背景」の部分、そして「手続き」の部分とに分かれており、今回直接お諮りするのは「手続き」に示された部分となります。

1)「改称問題」を取り上げるときの前提

1) 日本民族学会は「民族学、文化人類学、社会人類学など」(会則第3条)の研究に携わる者の唯一の包括的全国組織であり、それら三つの名称の間にはいかなる優劣関係もない。他の研究分野には、同一専門領域でありながら、国内の地域別あるいは専門の細かな差異などに基づいて複数の学会が組織され、それらが互いに対立しあう場合も見られる。「改称問題」を扱うときには、唯一の包括的全国組織という本学会の特長の維持を最優先することを前提としたい。

2) 改称を検討する場合、現在の名称である「民族学」、そして代替案として有力な「文化人類学」の名称で呼ばれる学問領域の性格や本質をめぐる議論を避けて通れないという意見もある。だが、民族学、文化人類学、そして社会人類学などの学問領域自体も、また、それらと隣接諸学問領域との関係も、とりわけ近年になってかなり流動的になってきており、全会員が短期間でこれらの学問領域の本質に関して意見の一致を見ることは容易ではないと思われる。また、本質を厳密に定めたならば排除の論理になる可能性もあることから、学問領域の本質をめぐる議論は、幅広い関心・視点をもつ研究者が参加しているという本学会の重要な特長を失うことにもなりかねない。

3) 第20期理事会にとって「改称問題」は、以下の「背景」のところで述べるように、なによりも日本における「高等学術体制」の全般的な変動に迅速に対応するためのものであり、それぞれの学問領域のあり方をめぐる議論から派生してきたものではない。いわば、現存する学会の実質を存続・発展させるために、名称という形式のみを変更しようとするものであり、学会の性格、ましてや会員の学問のあり方といった内実に変更を求めるものではない。

4) すなわち、改称する場合でも、日本民族学会会則第3条「この会は人類の文化を研究する民族学、文化人類学、社会人類学などの発展と普及を図ることを目的とする」を原則的に変更せず、学会としての性格は名称変更後も保持されることを確認する。

2)改称が必要となる背景

1) 上記会則3条の目的を実現するためには、さまざまな対策がとられなければならない。たとえば、初等・中等教育そして博物館を含む社会教育において、われわれの学問領域から生まれた研究成果の導入をいっそう図ること、さらに国際協力や開発援助に関わるさまざまな機関との連携をさらに強化すること、などが今日では急を要する課題となっており、本学会もさまざまな努力をしてきている。それらとともに、高等教育や社会教育機関などにおける教育・研究の場の確保(さらに増加)、大学院教育などを通した研究者の再生産機能の維持・発展を目指すことは、本学会にとってきわめて重要な対策のひとつである。

2) 「教育・研究の場の確保」および「研究者の再生産」という面を考えた場合、それは、日本における高等学術・研究の体制と密接に連動している。だが、その体制自体が近年激動している。

a)国立民族学博物館を含む国公立大学などの独立行政法人化への動きが急である。独立行政法人化の後に国公立大学の教員は、ひんぱんに外部からの教育・研究の評価にさらされ、それに耐えられない場合には淘汰の対象となる可能性が高い。すでに競争的環境にさらされている私立大学に加えて、国公立も含めあらゆる大学などの機関が教育・研究の基盤において大きな変革を迫られているのが現状である。

b)外部評価の際に重要な役割を演じると考えられる大学評価・学位授与機構による「第三者評価」がすでに実施されている。そして2002‐3年度には、人文学系が評価対象になり、その中には「考古学・文化人類学系」という区分が設けられている。今期は教育面の評価で国立大学6校、公立大学6校、研究面の評価で国立大学6校、公立大学3校が評価対象となるが、将来的には全国規模で広まり、私立大学も巻き込むことが予想される。

c)今年から21世紀COE(いわゆるトップ30)の認定も開始されることとなった。これは大学院の博士課程をもつ専攻のみを対象としたものであるが、この制度の設置に伴い、国立・私立(将来的には公立もか?)を巻き込んだ教育・研究費予算の配分の大幅な変更がもくろまれている。その結果、研究(および研究者再生産)のための大学院と教育のための学部・大学院との種別化が明確に図られよう。

d)科学研究費補助金申請枠組が変更された。これまでは分科「心理学・社会学・教育学・文化人類学」の中で細目「文化人類学(含民族学・民俗学)」と表記されていたのが、分科として「文化人類学」、細目として「文化人類学・民俗学」となり、「民族学」の名称はキーワードのレベルで残るだけとなった。なお、この枠組は、博士課程の大学院生が応募できる日本学術振興会の特別研究員制度にも適用される可能性が非常に高い。

e)これらの動向は一部の大学・大学院にしか関係しないと思われる方もいるかもしれず、現時点ではそれも無理からぬことかとも思える。しかし、国立大学の独立行政法人化は平成16年に実施されることがほぼ決まり、公立大学においても数年後には確実に実施される。それに伴い内部および外部評価はいっそう強化され、私学助成金を含む教育・研究予算の大幅な見直しも目の前に迫っている。その意味では高等教育機関に所属している者にとっては、決して他人事ではない。そして、この学問領域の10年後、20年後を考えた場合、現時点での対応を誤れば将来的に学会全体の大きな損失になると危惧される。

3) このような高等学術体制変動の中で、その良し悪しの判断は別として、われわれの携わる学問分野の名称として「文化人類学」が用いられている事実は認めなければならない。さらに、大学において開講されている科目の大半が「民族学」ではなく「文化人類学」という名称を採用しており、また、われわれの専門分野以外の研究者の中で、そして研究者ではない人々の間でも、「民族学」より「文化人類学」の名称が一般に流布していることも事実である。

4) したがって、この学問分野の発展のためには、これらのさまざまなレベルで流布している名称と学会名を一致させ、本学会が学術体制などにおいて用いられている「文化人類学」の学問分野を代表する学会であることを対外的に明示し、広く知らせることが有効ではないだろうか。

5) 学会名称を「文化人類学」に変えるのなら、そのような意志をもった者たちが新たに「文化人類学会」のようなものを立ち上げれば良いのではないかという意見もある。しかし、もしそのような事態になった場合には、上にあげた高等学術体制のさまざまなレベルで、「民族学会」と「文化人類学会」が利害をめぐって対立し、実質的な分裂状態になる危険性が多分にある。「前提」でも記したように、それは何があっても避けなければならない最悪の事態と考える。さらに、「民族学会」と「文化人類学会」の対立となれば、高等学術体制で用いられている名称(文化人類学)を名乗った団体の方に諸種の決定が有利に働く事態も考えられる。実際に、現時点で「文化人類学」を名乗る学会が別個に結成されようとした場合、日本民族学会はそれを押しとどめるいかなる方策ももたない。これを避けるためには、「民族学会」が全体として「文化人類学」を掲げた学会に移行し、「民族学会」を正当に継承したことを明確にすることが望ましいと思われる。

3)改称に向けた手続き

1) 上記「前提」と「背景」にもとづき、第20期理事会および評議員会は学会名称が「文化人類学」を含んだ形に改められることが妥当であると判断する。同時に理事会および評議員会は、その重要性に鑑みて、本案件が慎重な手続きを経て、学会員の総意が反映される形で検討されるべきであると考える。

2) そこで理事会および評議員会は、以下のa)〜f)の手順を踏んで、学会が改称を検討していくことの是非を、総会出席者の過半数の賛成をもって、総会の承認を求める。

a)全学会員による投票により、有効投票数の3分の2以上の賛成をもって「学会がその名称の変更に向け準備すること」の承認を得る。

b)上記a)の提案が承認された場合、理事会は改称の準備にとりかかる。

c)理事会は、会員の意向を踏まえて、全体に不整合のない理事会案を2002年度内に作成する。

d)2003年度総会に先立つ評議員会において理事会案を諮り、評議員会出席者の過半数の賛成による承認をもって評議員会案を策定する。

e)評議員会の承認が得られた場合、2003年度の総会において、改称問題に関する評議員会案を正式に提案し、そこで議決する。総会出席者の過半数の賛成をもって諾否を決する。

f)総会で改称案が承認された場合、2004年4月1日をもって学会名称その他を変更する。