会長挨拶
更新:2012年7月4日



2012年6月24日

日本文化人類学会会長(第25期) 小泉 潤二

会長就任にあたって

 第25期の会長を務めることになりました小泉です。これまで24期にわたる長い歴史が築いてきた大きな実績を受けて、これから2年間、何を優先してやるべきかを皆様とともに考え、答えのあるものを強く推し進めていきたいと思います。学会内外の皆様のご支援が必要です。よろしくお願いいたします。

  本学会の会員の方々は、ほとんどが教職員、学生、その他のかたちで国公私立の大学と密接に関わっておられると思います。その大学が変動しています。私は2004年頃から継続して大学行政に深く関わることになったため、このことをとりわけ強く感じてきました。

  変動の源がどこにあるのか明瞭ではありませんが、さまざまな要因があるように思われます。基盤的問題として、日本の少子高齢化と学生数の減少。日本の将来展望の暗さの感覚。それに応えるための、大学での教育研究や人材育成への要請の拡大。財政の悪化と国家予算の削減。昨年の大震災と原発事故がもたらした学問や科学一般への不信感。一方、全世界規模での、研究や教育におけるグローバル競争の激化。こうした状況の中で、大学改革や大学再編への圧力が強まり、予算配分の変更や大学の統廃合が政府の政策として明確に議論されるようになっています。大学が変動すれば、その中に置かれその中でつくられ継続し発展する学問や科学が、文化人類学も含めて大きな影響を受けます。日本文化人類学会はどうすればよいのか。この変動期に、どのようにすれば文化人類学の一層の発展が可能になるのか。

  もちろん簡単な答えがあるわけではありません。しかし、グローバル化があらゆる側面を巻き込んで急速に進展している現在、世界の人類学と連携し協力していくことは一つの方向性であるように思います。グローバル競争の激化や予算の減少などの問題は、世界各国の人類学、つまりworld anthropologiesが共有するものとなっています。世界各地で個別に発展してきたさまざまな「複数の」人類学が意識されるようになり、その差異や関係性に対する関心が強くなる一方で、そうした人類学が横に連携して協力を進めようとする動きが拡大しています。

  最も顕著なのは人類学会世界協議会(WCAA – World Council of Anthropological Associations)の展開です。2004年にブラジルのレシフェで発足したWCAAに、日本文化人類学会は14の創立団体の一つとして参加しました。世界の人類学者の間に協働関係を築き情報を共有し、人類学研究を国際的に発展させることを目指すWCAAは、現在では41学会の規模となりました。日本文化人類学会やアメリカ人類学会のほか、南北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オセアニアの人類学会が加盟し、全世界の主要学会をほぼ網羅しています。

  もう一つの国際連携の組織は、国際人類民族科学連合(IUAES – International Union of Anthropological and Ethnological Sciences)、あるいは「ユニオン」です。1934年以来、ほぼ5年ごとに全世界の人類学者が集まる大規模な国際会議の場を提供してきました。1968年には日本でIUAESの世界大会が開催され、本邦の人類学・民族学発展の大きな一歩となったことは広く知られています。本年の11月にもIUAESの中間会議がインドのオリッサで、来年は8月に世界大会がイギリスのマンチェスターで予定されています。

  私は2009年からIUAESの事務局長を務めており、2005年から2009年まではWCAAの代表幹事・会長を務めました。いま、WCAAとIUAESという二つの国際組織の相互関係をどのように整理し、大改革につなげ、全体として人類学の国際連携をいかに強化推進していくか、それによって人類学をいかにして発展させることができるか、というきわめて重要な段階に入っています。このとき日本文化人類学会が果たすべき役割、果たすことのできる役割はたいへん大きいと考えます。これによって日本の人類学を国際的に「強く」することができます。国際的に強くなれば、国内的にも強くなります。
このような国際連携への貢献を、日本文化人類学会50周年記念事業の中心に据えることができればと考えています。1934年にいわゆる旧「日本民族学会」として発足した本学会が、戦後に「民族学協会」から独立して新「日本民族学会」として設立されたのが1964年です。2014年に迎える50周年に向けて準備しなければなりません。このため「日本文化人類学会50周年記念事業検討委員会」を設置しました。記念事業として、2014年の研究大会と併せて相当規模の国際会議を開催する計画です。これにより本学会を世界とつなぐことをテーマとしたいと思います。学会員の皆様のご協力と積極的なご参加をお願いします。

  国際連携に加えて、文化人類学を強化するための第二の方策としたいのは、人類学による教育と人材の育成です。もとより2年間で人材育成の方策を仕上げることはできません。しかし取り組むべきことは多く、いま取り組みを始めなければなりません。そこで、「文化人類学教育委員会」を設置し、可能なことを進めます。

  いま、文化人類学を含めて、それぞれの学問分野がどのような人材を育てるのかが問われています。その学問により何が得られるのか、その学問はどのような人間をつくろうとするのかを検討し、その目的のために必要な教育について考えることが、文化人類学を含めてどのような分野についても必要となっています。

  とくに最近になって、「グローバル人材」という言葉が産業界やマスメディアや省庁、また教育界で広く流通するようになりました。世界に対応し交渉していく能力のある人材が日本にはたいへん少ないということが突然意識され、相当な焦りとともに大学教育を変革しなければならないと叫ばれるようになりました。しかしそこでとり上げられるのは、英語の能力や留学の経験、また表面的な文化論や異文化コミュニケーション論や国際社会論ばかりです。人類学という、きわめて有効で強力で興味深い学問があることがまったく知られていないのは、人類学にとっても日本にとっても不幸なことではないでしょうか。このような状況は、初等中等教育において「人類学」という言葉さえ出てこないことにも部分的に起因しています。これを変えるためには、文化人類学の外へ、社会一般へ、また大学に入る以前の人材にも働きかけていくことが必要です。

  人類学のプレゼンスの問題は、出口の問題、つまり大学院で研究する若手研究者の方々の将来の問題にもつながります。ポスドク問題は人類学あるいは日本に限ることではなく、多くの学問分野や欧米の国々にも共通していますが、文化人類学のキャリアパスの問題については、キャリアを狭い意味での研究者だけに限定していることも関係しているように思われます。教育により汎用型の知識やスキルを持った新しい博士をつくるというリーディング大学院オールラウンド型のような動きもありますが、それに加えて、あるいはそれより前に、人類学を生かす、人類学が生きる可能性には未知や未開拓の部分がたいへん大きいという考え方が必要だと思います。人類学を専門とする博士、修士、学士たちが力を発揮すべき場は、大きく開けています。人類学がいまほど必要とされている時はないのかもしれません。

 学会は研究を推進するためにあります。研究を強化するために可能な限りの方策をとることは言うまでもありません。しかしそれに加えて、国際協力と教育・人材育成にも焦点を合わせて、人類学と日本文化人類学会の発展のために全力を尽くしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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