日本文化人類学会賞・学会奨励賞歴代受賞者一覧

更新:2019年06月09日



第14回日本文化人類学会賞の授賞

2019年06月02日

 日本文化人類学会は、第14回日本文化人類学会賞を関根康正氏に授与することとした。
(授賞対象業績)
「ケガレ」の人類学から「差別」を経て「ストリート」へと展開する下からの視点に基づいて人類学の在り方を探求する一連の研究
(授賞理由)
 関根康正氏は、南アジアを主たるフィールドとして、不可触民を対象とした調査を行い、独自のケガレ概念の分析を展開し、そこから宗教的差別をめぐる議論を経て、より一般的に排他性への対抗を模索する方法としてストリートに立脚した人間の営みに注目した人類学の提唱へと独自の理論展開を深め、差別、宗教紛争、都市の課題を現代社会に生きる我々の問題として理論展開を深めてきた。
 単著『ケガレの人類学−南インド・ハリジャンの生活世界』(東京大学出版会、1995年)は、豊富な調査資料に基づいて、境界性をもつ「ケガレ」イデオロギーとその実践から、ハリジャンの生きていく戦術を地域社会の文脈のなかで理解しようとした優れた民族誌的研究である。「ケガレ」の課題は共編著『排除する社会・受容する社会―現代ケガレ論』(吉川弘文館、2007年)において、現代社会における他者のまなざしの中での開かれた自己生成を問うことにつながっていった。更に今一つの重要な概念である「差別」は、単著『宗教紛争と差別の人類学―現代インドで〈周辺〉を〈境界〉に読み替える』(世界思想社、2006年)、Pollution, Untouchability and Harijans: A South Indian Ethnography (Jaipur: Rawat Publications、2011)、共著『社会苦に挑む南アジアの仏教―B.R.アンベードカルと佐々井秀嶺による不可触民解放闘争』(関西学院大学出版会、2016年)、共編著『南アジア系社会の周辺化された人々―下からの創発的生活実践』(明石書店、2017年)などにおいて差別や宗教対立を、対岸のこととしてではなく、我々の問題として自己の存在そのものを見直すことを喚起している。その後、関根氏の関心は、都市そしてストリートへと展開する。その成果は、我々の生きる現代社会の生活空間の質を問う編著『〈都市的なるもの〉の現在―文化人類学的考察』(東京大学出版会、2004年)、さらに都市の境界的な場であるストリートからのネオリベラリズム批判、他者了解と自己変容の人類学的実践を目指した編著『ストリートの人類学』(国立民族学博物館、2009年)、『ストリート人類学―方法と理論の実践的展開』(風響社、2018年)が刊行されている。
 関根氏の研究は丹念なフィールドワークに基づいた民族誌的資料を基盤としつつ、土木工学、地域計画といった理工系の学びから出発したことも与り、その理論展開は同世代の日本の人類学者とは一線を画す独自性を有している。参照される研究者も恩師岩田慶治氏を筆頭としつつ、通例の人類学者が目を向けがちな分野にとらわれない自由さに満ちている。人類学が標準化に抗し、多様性を尊ぶ学問であるとすれば、単に研究対象の文化的な多様性を重視するにとどまらず、人類学者自身が示す多様な知的背景と視点の展開も、この学問の活力にとって重要な要素であり、その点で、学問領域を問わず広く文献を渉猟し引用しながら、時に哲学者、啓蒙家、批評家のごとくに論を展開し、人類学の全体潮流を踏まえつつ独特な歩みを着実に続けるバランス感覚に富んだ研究を遂行する関根康正という一人の研究者を日本が擁しえたことの意義は大きいと思われる。
 同時に自らの研究の道を一人たどるのではなく、共同研究を次々と組織し、若手を巻き込み育成しつつ知的運動を巻き起こそうとしてこられた点において、関根氏の文化人類学への貢献は大である。国立民族学博物館の共同研究や科学研究費補助金による共同研究の主宰が継続的に行われており、前述の編著はそれらの成果である。そうした共同研究の展開においては、ネオリベラリズムやグローバリズムといった現代世界を特徴づける諸動向に対して人類学が果たすべき役割への強い認識がみられ、人類学の社会的役割の意識化についても、関根氏の研究が果たしてきた役割は大きい。また、学会活動においては、第26期学会長を務め、学会監修による『フィールドワーカーズ・ハンドブック』(世界思想社、2011年)の刊行に際しては、編者としてフィールドワークの実践的入門の啓蒙を果たした。
 以上の貢献を高く評価し、関根康正氏に第14回日本文化人類学会賞を授与する。

第14回日本文化人類学会奨励賞の授賞

2019年06月02日

 日本文化人類学会は第14回日本文化人類学会奨励賞を下記の2名に授与することとした。
(受賞者)
飛内悠子
(授賞対象論文)
「クク人と故郷カジョケジ―南北スーダンにおける人間の移住と場所の変容」
(『文化人類学』第82巻4号、2017年)
(授賞理由)
 本論文は、東ナイル系に属し、ククと自称する人々のうち、第二次スーダン内戦(1983-2005)のさなかに国内外へ移住ないし避難した人々、またその後の南スーダン共和国の分離独立(2011)を経て、そこから帰還を果たした人々が、カジョケジと呼ばれる土地をいかにして自分たちの「故郷」として捉えるにいたったかを、いくつかの別々の事例から検討した論文である。調査地は南スーダン共和国の最南部に位置するカジョケジ、同共和国の首都であるジュバ、スーダン共和国の首都であり、ククの人々の主要な避難先の一つでもあったハルトゥーム(と、事例としては取り上げられていないが、同じく主要な避難先であるウガンダ)に及ぶ。
 この論文で語られるのは、単に流浪の民が故地への回帰を果たし、「故郷」を回復して、そこで完結した物語ではない。著者は、前半ではハルトゥームとジュバでの聖公会の教会活動のなかでカジョケジという故郷が異なるやり方で再定位されるさまを示し、後半ではカジョケジに帰還し、しかし就職や就学の都合から離れて暮らす一家族の構成員が、その生活体験のなかでそれぞれにカジョケジのなかに帰るべき異なる場所を見出す様子を記すことで、故郷に向けられるククの人々の眼差しに宿る葛藤や揺れを描き出すことに力を注いでいる。
 人が特定の場所へとどのようにして結びつけられるのか、とりわけ、「故郷」という多種多様な感情を喚起する場とどのようにつながっていくのかを論ずる上で、この論文は、人と空間との結びつきの構築性や多元性をめぐる先行研究を踏まえながらも、新規な事例の提供や理論の飛躍を目指しているわけではない。あるいは、理論的な収束という点ではなお改善の余地があると評価する向きもあるかもしれないし、論文中の系図に明らかな誤りがあるなど技法上の問題点もなしとはいえない。しかしながら、若い人類学者が調査地の多種多様な現実に正面から向き合い、安易な理論に即して気ままに事例を切り貼りするのではなく、自ら定めた一つの主題をめぐって様々な角度から事例を掘り下げ、謙虚な姿勢で、諦めることなくフィールドと格闘した様子を、活き活きとした文体をもって伝えている。その意味で、本論文は著者と著者の人類学の、未来における多くの可能性を感じさせる。以上の理由により本論文を高く評価し、第14回日本文化人類学会奨励賞を授与する。
 
(受賞者)
伊藤梢
(授賞対象論文)
Generative Moments in the Enactment of the Japanese Tea Ceremony
Japanese Review of Cultural Anthropology Vol.18 No.1、2017年)
(授賞理由)
 本論文は、日本における茶の湯の実践の場、すなわち茶会について、茶道具というモノ、出席する人々、そしてそこに織り成されるコミュニケーションを通じた相互的な社会文化実践による創造的かつ生成的なプロセスとして捉え考察した優れた業績である。
 茶の湯の学術的研究は、これを日本の伝統文化として本質化して「茶の湯とは何か」といった問いに茶書や歴史からせまるもの、あるいは文化人類学では茶の湯の世界観に象徴論的な儀礼分析を加えるものなど、いずれにしてもこれを言わば閉じたテキストとして分析してきた。近年ではより現代的事象として社会分析を加える研究もみられるが、本論文は、茶会を参加者がもてなしもてなされる一回限りの生成的なプロセスとして捉えることにより、本質化した茶の湯の考察とは異なる活き活きとした茶会と茶の湯実践の特徴を描きだしている。
 著者は、金沢の茶道界を調査の場として、そこで特定の茶人による茶の湯の勉強会などによる知識の伝達、茶席の準備と実際の場の進行にフォーカスすることで、人とモノ、そして茶会の席での対話の展開を濃厚に描出している。茶会の場で生じるモノ・人・コミュニケーションによって、茶会が成り立ち、茶の湯の世界が生成し、参加者にとって「良い茶会」として経験されるプロセスが見事に分析されている。そのために著者は、あえて美学的な解釈に背を向けて、行為主体的なモノの関係性に焦点を当てるアルフレッド・ジェルの芸術の人類学の手法と概念を用い、かつ茶会を取り巻く上下関係が茶席でどのように動員されているかを論じている。理論的考察と民族誌的記述が自然に進行するなかで新しい茶道論を提示することに成功している。
 本論文は、モノと人のエイジェンシーを通じて茶会という場を分析した芸術やパフォーマンスの研究として優れた文化人類学的業績である。茶の湯という日本の伝統文化の世界を、特異でエキゾチックな世界ととらえがちな外からの視点に対し、現代の文化実践として文化人類学的概念を用いて分析し、それを英語で発信することに大きな意義があり、日本人人類学者による日本研究の可能性を示している。今後の茶の湯や日本の伝統文化研究に一つの道筋を作った論文として、高く評価し、第14回日本文化人類学会奨励賞を授与する。


第13回日本文化人類学会賞の授賞

2018年06月03日

 日本文化人類学会は第13回日本文化人類学会賞について該当者なしとした。

第13回日本文化人類学会奨励賞の授賞

2018年06月03日

 日本文化人類学会は第13回日本文化人類学会奨励賞を下記の2名に授与することとした。
(受賞者)
濱谷真理子
(授賞対象論文)
「贈与に見る女性行者の社会関係―北インド・ ハリドワールにおける招宴の分析から」
(『文化人類学』第81巻2号、2016年)
(授賞理由)
 本論文は北インドのガンジス河畔に位置する巡礼地ハリドワールで暮らす、ヒンドゥー女性行者を対象とし、彼女らに対して施される様々な贈与の分析を通じて、女性行者たちの社会関係を考察した優れた業績である。男性行者が出家制度に基づいた自分たち自身の共同体を形成しているのに対して、正式な出家が認められていない女性の「家住行者」は、出家制度と世俗社会のはざまで生きていかざるをえない。彼女たちは、複雑に階層化している北インドの社会のなかでも、何重にも周辺化され下層に位置づけられている。こうした人びとを対象に人類学的フィールドワークを実施することの困難さは容易に想像できる。著者は、男性グルに弟子入りし、僧衣をまとって女性行者の一員として乞食(こつじき)実践に1年半近く参加することによって、この困難さを克服し、彼女たちの視点から厚い民族誌記述を行うことに成功した。この事実自体が、民族誌的研究としての評価に値する。
  女性行者にとって、乞食とはたんなる宗教行為ではなく、毎日食べて生きていくための手段である。かならずしも招かれているわけではない招宴にいかにもぐりこみ、飲食の接待を受け、贈り物を受け取るかは、彼女たちにとって死活問題である。それは自己の生存のための手段であるばかりでなく、招宴に関する情報は利他的に共有されるとともに、受け取った贈り物は家族や他の行者に再分配される。つまり、乞食をめぐる過程は、社会的関係性が発現する場そのものなのである。
 本論文は、以下の2点において優れた人類学的研究である。第一に、贈与をつうじて形成される女性行者の社会的ネットワークを、民族誌的に詳細に記述している点である。第二に、このネットワークにおける、贈与をモラルの問題として位置づけることによる理論的な分析に成功していることである。つまり、女性行者たちは互酬性と純粋贈与とのあいだの均衡をはかりつつ、積極的な再分配に価値を置いて、男性行者とも在家行者とも異なる贈与のモラルに基づき、越境的ネットワークを形成していると、説得的に論じている。
 以上の理由により本論文を高く評価し、第13回日本文化人類学会奨励賞を授与する。
 
(受賞者)
深川宏樹
(授賞対象論文)
「身体に内在する社会性と『人格の拡大』― ニューギニア高地エンガ州サカ谷における血縁者の死の重み」
(『文化人類学』第81巻1号、2016年)
(授賞理由)
 本論文は、ニューギニア高地エンガ州サカ谷に居住する、エンガ語を母語とする人びとを対象に、怒りや悲しみといった感情に注目して身体性と人格の概念の再検討を試みた、優れた人類学的研究である。本論文は、著者がサカ谷の一村落で実施した1年8か月にわたるフィールドワークの成果であり、堅実な民族誌的調査を基盤としている。社会−身体論的に人格を捉える観点は、人類学の古典的課題であると同時に、マリリン・ストラザーンらの寄与によって近年大きな展開を見せている現代的課題でもある。著者はストラザーンのフィールドに隣接した地域で得た民族誌的情報に基づき、ストラザーンの研究を批判的に継承しつつ、この古典的課題に果敢に挑戦している。
 ストラザーンに代表されるメラネシアの人格論においては、人格と身体は、交換関係の連鎖という社会過程が展開する場と捉えられ、必然的に人格や身体の生産や再生産、成長といったポジティブな現象を前提としている。それに対して著者は、身体はそれ自身を産み出し成長させた過去の関係を客体化し可視化するという先行研究の視点を共有しつつも、先行研究がなおざりにしたネガティブな側面に焦点をあてる。サカ谷の人びとのあいだでは、エンガ語で「重みkenda」と呼ばれる怒りや悲しみの感情が、血縁者間の争いや軋轢において、自他の身体に病や死をもたらすとされている。この「重み」は、身体の概念であると同時に、関係の概念でもある。著者は主として2つの事例の分析に基づき、議論を展開している。そこで注目されるのは、「我が身を滅ぼすほどの強烈な感情」である。この感情は、社会関係の非生産や身体能力の徹底的な減退、つまり関係の断絶や病や死の原因となる。こうした危機的状況において、当事者たちは、身体の不可視の領域の偶然性に左右されつつ、関係性の限界地点に達することになる。著者は、そこで社会規範や社会全体に議論を還元することを慎重に回避しながら、死の局面で生じる「人格の拡大」に議論を収斂させる。
 以上の理由から、本論文はメラネシアに関する人類学的研究で展開されてきた人格論に対する、重要な理論的貢献であることを高く評価し、第13回日本文化人類学会奨励賞を授与する。


第12回日本文化人類学会賞の授賞

2017年05月28日

 日本文化人類学会は、第12回日本文化人類学会賞を田中雅一氏に授与することとした。
(授賞対象業績)
宗教、性、暴力等の課題の探求を通じて文化人類学の可能性を開拓した一連の研究
(授賞理由)
 田中雅一氏は南アジア世界の宗教人類学的研究を出発点に、性、暴力、フェティシズム、軍隊等の諸課題の探求へと研究領域を拡げて、日本を含む現代世界の文化人類学的研究において先導的役割を果たしてきた。
 田中氏の一連の業績には、単著であるPatrons, Devotees and Goddesses: Ritual and Power among the Tamil Fishermen of Sri Lanka (Manohar, 1997年) 、『供犠世界の変貌―南アジアの歴史人類学』(法蔵館、2002年)、『癒しとイヤラシ―エロスの文化人類学』(筑摩書房、2010年)のほか、共編を含む編著には『暴力の文化人類学』(京都大学学術出版会、1998年)、『女神―聖と性の人類学』(平凡社、1998年)、『植民地主義と人類学』(京都大学学術出版会、2002年)、『ミクロ人類学の実践―エイジェンシー/ネットワーク/身体』(世界思想社、2007年)、『フェティシズム論の系譜と展望』(京都大学学術出版会、2009年)、『越境するモノ』(京都大学学術出版会、2014年)、『コンタクトゾーンの人文学』(全4巻)(晃洋書房、2011?13年)、『軍隊の文化人類学』(風響社、2015年)等の論集、『ジェンダーで学ぶ文化人類学』(世界思想社、2005年)、『ジェンダーで学ぶ宗教学』(世界思想社、2007年)、『南アジア社会を学ぶ人のために』(世界思想社、2010年)等の初学者向け入門書、さらに『文化人類学文献事典』(弘文堂、2004年)が含まれる。
以上の著作は、供犠や親族関係等のいわゆる文化人類学の古典的テーマから、軍隊や売買春等、これまで斯学の研究領域としての蓄積が乏しかったテーマまで多岐に亘るが、そのいずれもが日本、南アジアおよび欧米における文化人類学的研究の最前線の理論的展開の入念な批判的検討と複数の場所における堅実な民族誌的フィールドワークの成果に基づいて、一貫した視座のもとで物され、高い学問的水準を有している。常に新たな研究テーマに与し、文化人類学の新たな地平を開拓して研究成果を公表するだけでなく、京都大学人文科学研究所を拠点に数多の共同研究を組織し、大学組織とディシプリンの枠を超えて若手研究者育成において多大な貢献を成してきたことも特筆に値する。
 以上の貢献を高く評価し、田中雅一氏に第12回日本文化人類学会賞を授与する。

第12回日本文化人類学会奨励賞の授賞

2017年05月28日

 日本文化人類学会は第12回日本文化人類学会奨励賞を下記の2名に授与することとした。
(受賞者)
橋本栄莉
(授賞対象論文)
「現代ヌエル社会における予言と経験に関する一考察」
(『文化人類学』第80巻2号、2015年)
(授賞理由)
 本論文は、南スーダンのヌエルの人びとのあいだで流通する予言に注目し、彼らが直面している様々な出来事――不妊、民族間の武力紛争、政治・軍事的事件など――を、予言とその背景にあるクウォス(神、神性)を媒介にして、いかに新しい経験として認識しているかを探求した論考である。22年間継続したスーダン内戦と2005年の包括和平合意、そして2011年の南スーダン独立に至る政治・社会的動乱のなかで、100年以上前に偉大な予言者が遺した予言は、キリスト教神学の影響も取りこんで、新たな意味を付与され続けてきた。著者は、既存の予言者研究の閉鎖性を批判しつつ、エヴァンズ=プリチャードによるヌエルの予言者とクウォスに関する研究に依拠し、主体が神性によって働きかけられる対象となる経験の配位に注目したリーンハートのディンカ宗教の研究を援用して、議論を展開している。論点が未整理のまま広がりすぎているという不十分点はあるが、著者自身によるしっかりとした民族誌的調査の成果である豊かな事例が提示され、結論は説得的である。
 ヌエル人に関しては、アフリカの諸民族のなかでも、もっとも分厚く質の高い人類学・歴史学的研究の蓄積がある。そのなかで、現在でも生成過程にある予言をめぐる語りを軸として、神性と経験という領域に新境地を開拓した著者の人類学者としての力量は、高い評価に値する。本論文は、古典的な人類学研究の今日的意義をあきらかにし、内戦と平和の動態的な状況下における人びとの特異な経験を深く理解するうえで、人類学が依然として有効であることを示した優れた論文である。
 以上の理由により、本論文を高く評価し、橋本栄莉氏に第12回日本文化人類学会奨励賞を授与する。
 
(受賞者)
奈良雅史
(授賞対象論文)
「動きのなかの自律性―現代中国における回族のインフォーマルな宗教活動の事例から」
(『文化人類学』第80巻3号、2015年)
(授賞理由)
 本論文は、中国雲南省昆明市における回族の人びとによるインフォーマルなイスラームの宗教活動を対象にして、現代中国における民族的マイノリティである回族の自律性のあり方を考察した論考である。マイノリティと国家の関係に関する人類学的研究では「抵抗」が主要なテーマとなってきた。それに対して、本論文の対象となっている回族の人たちは、国家と正面から対峙することを回避しつつ、「国家をかわす」ことによって自律性を確保しようとしている。国家による強固な管理と統制のもとで、人びとは国家に取りこまれてしまった宗教的指導者に対する嫌悪感を示しながらも拒否はせず、制度の「外」でインフォーマルな宗教教育を組織するなど、不断に動き続けることで対応している。本論文は、堅実なフィールドワークのデータを提示しつつ、複雑に相互浸透する国家制度と人々の宗教実践の全体像を描き出し、国家権力の網の中に捉われつつも、自律性を実践している姿が明確に記述・分析されている、優れた研究である。
 理論的には、中国の諸民族に関する人類学的研究の枠を超えて、フーコーやスコットの権力論やアサドの宗教研究との関連のなかで、自らの研究をしっかりと定位していることも高い評価に値する。国家権力と正面から対峙することが現実的には困難な状況下で、表立った抵抗という選択肢をとらず、「国家をかわす」様々な技法を発達させることで自律の空間を確保している事例を実証的に研究した本論文は、人類学的な抵抗論に新たな展開をもたらすものである。これは、「ハード」な抵抗に対置される「ソフト」な抵抗、あるいは「面従腹背」に関する意欲的な研究であると位置づけることができる。他の国や地域に対する応用の可能性も期待される。
 以上の理由により、本論文を高く評価し、奈良雅史氏に第12回日本文化人類学会奨励賞を授与する。


第11回日本文化人類学会賞の授賞

2016年05月29日

 日本文化人類学会は、第11回日本文化人類学会賞を清水展氏に授与することとした。
(授賞対象業績)
『草の根グローバリゼーション―世界遺産棚田村の文化実践と生活戦略』(2013年、京都大学学術出版会)に代表される一連の「コミットメントの人類学」研究
(授賞理由)
 清水展氏は、フィリピンでの長期間にわたる現地調査に基づき、これまで、Pinatubo Aytas: Continuity and Change (1989年、Ateneo de Manila University Press)、『出来事の民族誌―フィリピン・ネグリート社会の変化と持続』(1990年、九州大学出版会)では、ピナトゥボ・アエタの日常生活の安定した連続性を断ち切る大小の事件、『文化のなかの政治―フィリピン「二月革命」の物語』(1991年、弘文堂)では、1986年のフィリピンのピープル・パワー革命という出来事、The Orphans of Pinatubo: Ayta Struggle for Existence (2001年、Solidaridad Publishing House)、『噴火のこだま―ピナトゥボ・アエタの被災と新生をめぐる文化・開発・NGO』(2003年、九州大学出版会)では、1991年のピナトゥボ山の大噴火という出来事を取り上げ、過去5年間では、『草の根グローバリゼーション―世界遺産棚田村の文化実践と生活戦略』(2013年、京都大学学術出版会)において、世界遺産に登録されたイフガオの棚田村を巡るグローバリゼーションというより大きな出来事を取り上げ、環境の変化と生活の変遷における出来事への注視という一貫した研究姿勢の下、独創的な研究を展開してきた。
 アエタに関しては、ピナトゥボ山の大噴火による移住と生活様式の転換、新たな土地におけるコミュニティ復興過程を詳細に追い、イフガオに関しては、開発による森林破壊のために従来の生活様式を保つことが困難になったため、植林運動を通じてグローバル支援を取り付け、コミュニティと生活の再生を行う過程を、植林運動を推進する指導者と自らを真のフィリピン人として作り直そうとする映像作家という二人の人物の姿を通して、「草の根」グローバリゼーションの一つのあり方として、生き生きと描き出している。
 清水氏の研究の特質は、これらの出来事を単なる傍観者として眺めるのではなく、そこに積極的にコミットする点にある。ピナトゥボ山の大噴火の際には、その最大の被災者であったアエタの緊急救援や復興支援に深く関わることを通して、現地に巻き込まれて行く人類学を模索・試行し、イフガオの植林運動に関しては、その積極的な支援者として、ドナーへのプロジェクト申請を手伝い、プロジェクト評価を行うなど、開発援助に意図的・戦略的に関わって行く「コミットメントの人類学」を実践する。
 清水氏は、現実として目前にすすむ状況、急激な変化において受動的であった先住民が戦略的・積極的に行動に移るモメントとその姿を重視し、自らの逡巡の中で着地点を模索しながらそこにコミットして行く姿を同時に描き出すことによって、人類学の方法としての参与観察の精神をラディカルに追求し、参与と観察のバランスについて我々に再考を促す。このような清水氏の研究姿勢は、とりわけ開発や災害、紛争や難民、政治運動や社会運動、貧困、性的マイノリティ、生命倫理など、積極的にコミットすることが求められる現場で調査を行う人類学者への新たな指針となろう。
 以上の貢献を高く評価し、清水展氏に第11回日本文化人類学会賞を授与する。

第11回日本文化人類学会奨励賞の授賞

2016年05月29日

 日本文化人類学会は第11回日本文化人類学会奨励賞を佐藤若菜氏に授与することとした。
(受賞者)
佐藤若菜
(授賞対象論文)
「衣装がつなぐ母娘の『共感的』関係―中国貴州省のミャオ族における実家・婚家間の移動とその変容」
(『文化人類学』第79巻3号、2014年)
(授賞理由)
 本論文は、中国貴州省のミャオ族における民族衣装と母娘関係に焦点を当て、衣装の制作・所有・譲渡の様態と結婚後の女性の実家・婚家間での移動パターンとが1990年代に大きく変化したことに着目し、母娘関係が民族衣装を介して「共感的」に構築されていることを鮮明に描き出した論考である。ミャオ族の女性の民族衣装はかつて女性自らが制作し着用する日常着に過ぎなかったが、盛装の普及、洋服の日常着化、出稼ぎによる現金獲得等により、儀礼的機会に着用する礼服としての性格を強め、威信財としての価値を持つようになった。また、教育の普及と出稼ぎの一般化にともない、衣装の制作主体が娘(女性自身)から母親に移行し、かつて女性は婚礼後一定期間をおいて夫と暮らし始めるのと同時に婚家に自ら制作した衣装を持参したが、実家から婚家への女性の移住が早まるとともに、実家の母親が娘の衣装を保管し、その後段階的に母親から娘に譲渡されるようになった。本論文では、民族衣装の威信財化、制作主体の変化、婚家への早期移住、母親による保管・譲渡といったこれらの現象の相互連関の中で、民族衣装というモノを媒介として構築される母娘関係の動態がきわめて説得的に描き出されている。
 本論文は、中国貴州省のミャオ族を対象とした綿密な現地調査に基づき、民族衣装と母娘関係に関する民族誌資料を丹念に提示すると同時に、近年の親族理論の進展ならびにモノと人との全体を捉える今日的なアプローチを踏まえて考察を深化させてゆく意欲的な論考として、第一級の価値を持つものと言えよう。
 以上の理由により、本論文を高く評価し、日本文化人類学会研究奨励賞を授与する。


第10回日本文化人類学会賞の授賞

第10回日本文化人類学会奨励賞の授賞

第9回日本文化人類学会賞の授賞(該当者なし)

第9回日本文化人類学会奨励賞の授賞(該当者なし)

第8回日本文化人類学会賞の授賞

第8回日本文化人類学会奨励賞の授賞

第7回日本文化人類学会賞の授賞

第7回日本文化人類学会奨励賞の授賞

第6回日本文化人類学会賞の授賞

第6回日本文化人類学会奨励賞の授賞

第5回日本文化人類学会賞の授賞

第5回日本文化人類学会奨励賞の授賞

第4回日本文化人類学会賞の授賞

第4回日本文化人類学会奨励賞の授賞

第3回日本文化人類学会賞の授賞

第3回日本文化人類学会奨励賞の授賞

第2回日本文化人類学会賞の授賞(該当者なし)

第2回日本文化人類学会奨励賞の授賞

第1回日本文化人類学会賞の授賞

第1回日本文化人類学会奨励賞の授賞